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野菜を食べよう

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唐突ですが、みなさんは、野菜食べてますか?
私はもともと野菜好きなので、野菜中心の食生活を心がけていますが、忙しいと、野菜料理を作るのが面倒だったりしますよね。
できるだけ手軽に簡単に、ちゃんと美味しい野菜料理が食べたい・・・・と思うのが人情です。

うちで利用している「大地を守る会」さんが、先日、831(野菜)の日にちなんで、野菜レシピを募集していました。
入賞したレシピを見て、ああ、こんな食べ方があったんだ、と感心しきり。ぜひ順番に作ってみようと思います。
入賞レシピの中には私のレシピもあります。私のは、「野菜をたっぷり賞」で、「ニックネーム やつとこ」で出したレシピです。ものすごい量の野菜が食べられるので、野菜不足かなと感じたときに作ったりしています。
入賞レシピは「大地を守る会」の以下のURLから確認できますよ。
https://takuhai.daichi-m.co.jp/Information/577

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八ヶ岳のセラピールームを2019年4月20日に再開いたしました。セラピーをご希望の方は、ルートシステムホームページのフォームよりお申し込みください。冬季休業中はご不便をおかけいたしました。

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北欧とバルト三国の旅 リトアニアその2 カウナス

1939年9月1日、ドイツがポーランドに侵攻します。第二次世界大戦の勃発です。このときのリトアニアの首都はカウナス。
「命のビザ」で知られる外交官の杉原千畝が開設した領事館がここにあります。その領事館は、今は「杉原記念館」として公開されています。ナチスドイツから迫害を受けるユダヤ人に、杉原千畝が独断でビザを発行し続けたおかげで、少なくとも数千人の命が救われたと言われています。

杉原記念館に行きたくて、リトアニア滞在二日目にカウナスを訪れました。
ホテルのあるヴィリニュスからカウナスまでは、バスを利用しました。バスステーションからは徒歩で「杉原記念館」へ。バスステーション近辺は、こんなスカッとした景色です。

けっこうな階段坂を登りきると、閑静な住宅街です。この一角に記念館があります。写真右に「杉原記念館」のプレートがちょこっと写っていますね。

着きました!  杉原記念館です。

建物内部には、杉原千畝が実際に使っていた机と印が。ここでビザを発行していたのですね。

多数の展示パネルのほか、杉原氏の生涯がわかるドキュメンタリービデオも見ることができます。

記念館を見たあと、昼食をとりに入ったピザ屋で、なぜかソースを選んでと言われました。ガーリックソースを選んだのですが、ピザにソースをかけて食べるのははじめての経験でした。このお店独特なのかなぁ。ふしぎでしたが、美味しかったです。

お腹も満たされたので、カウナス旧市街へ。ヴィリニュスとは雰囲気が違いますが、上品で落ち着いた感じの街並みでした。次回リトアニアに来ることがあれば、カウナスに泊まりたいなぁと思いました。

カウナス城です。修復されて新しいので、中には入らず、外観だけ眺めました。

カウナスで一番大きな聖堂。聖ペテロ&パウロ大聖堂です。外観はシンプルですが、中は、やはり圧倒される美しさと荘厳さでした。

第二次世界大戦中のバルト三国では、ドイツによるユダヤ人等の虐殺・迫害のほかにも、スターリン政権下のソビエト連邦による民間人の大虐殺が遂行されました。その数は合わせて2000万人を超えるとされています。1940年~1954年間で、虐殺・迫害によるリトアニア人犠牲者は78万人以上です。

バルト三国の教会に足を踏み入れると、必ずそこで祈っている方々がおられます。バルト三国の苦難の歴史を思う時、過去からつながる祈りの、そのあまりの重さを想像し、胸が押しつぶされそうになります。

この翌日、ヴィリニュスのKGBジェノサイド博物館に行きました。KGBはソ連の秘密警察で、リトアニア人をシベリア追放・拷問・虐殺しました。ソ連占領下時代、約12~30万人のリトアニア人がその犠牲になったそうです。当時収容所として使用されていた建物が、KGBジェノサイド博物館として公開されています。建物内では1000人以上の方が処刑され、その処刑部屋も公開されていました。・・・・次回につづく。

※ジェノサイドとは、(民族大虐殺)の意

※参考文献 U.S. DEPARTMENT OF STATE 

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M.H. 様 ヒプノセラピー体験談 

先日お越しくださったM.H.様からメールをいただきました。
M.H.様のご快諾の上、メールの内容(一部)を皆様とシェアさせていただきますね。
M.H.様、ほんとうにありがとうございます!

M.H.様は、ずっとご自分に自信が持てず、いつも誰かに気を遣って生きてきました。そうしているうちに、ご自分がどんな人間なのかがまったくわからなくなってしまったと言います。

ものの本を読んだりして、ありのままの自分を受け容れることが大事だとわかっても、肝心の「ありのままの自分」がわかりません。それでも、なんとかご自分を認めようと試みましたが、心の底ではご自分を認めていないため、少し時間が経つと、「自分はダメ人間」という自己レッテルに飲み込まれる日々・・・・。それを何年も繰り返してきたそうです。

とても苦しかったと思います。

私には、M.H.様の気持ちがよくわかります。そして、その苦しい気持ちをどうにかしたくても、どうすればよいのか根本的解決の糸口がみつからないままもがいている方も、けして少なくないのではないかと感じるのです。
「ありのままの自分」って、何?
どうしたら自分を受け容れて楽になれるの? と。

M.H.様は、以下の2通のメールの後にも、もう1通メールをくださいました。そこには、喜びも苦しみも含めて、ご自分の気持ちを素直に感じながら、ごく自然にそれを受け容れている変化が綴られていました。
セラピー後のわずかな時間でこんなに変化が現れるとは思っていなかったこと、そして、掲載されるメールが自分と同じように苦しむ方の眼に触れたなら幸いです、と結んでくださっていました。

セラピー前のカウンセリングの結果、まずは前世療法をご希望されましたが、表面に突出して現れているトラウマをどうしてもすくいとっておきたかったため、少しの時間ですが、現世でのトラウマ解放の催眠をし、そのあとで前世療法に入りました。
M.H.様には中国留学のご経験がある点と、“ドロシー”さんが前世でのお名前だという点を付け加えておきます。

 

【M.H. 様 ヒプノセラピー体験談】

(セラピー当日、帰宅後すぐにくださったメール)

今日はありがとうございました。長い時間をかけて丁寧にセラピーをして頂き本当に感謝です。
中国にいた頃の自分にかけた言葉や、何よりドロシーに会えたことで心の中の何かが動いた気がしています。今はまだ何だか夢を見ていたような不思議な感覚ですが、今日感じたあの感じはすごく大切にしていきたいと思います。

(翌日にくださったメール)

あれから自分が自分であることの素晴らしさ、ということの意味が頭の中に浮かんできて、その時はそのままぼんやり考えたりしてます。
自分らしさがない自分でも、そんな自分でも大丈夫なんじゃないか、何となく自分は大丈夫な気がする、と今は思えています。今まで無理やり何度もそう思っては苦しかったけれど、今は穏やかな気持ちでそう思えているのがなんだか不思議です。

仕事も人生も、目標がなきゃダメだと、そして向上心がなくて何の目的もなく生きてる自分が嫌だし不安だったけれど、ただ今をひたすら歩き続ければ、行くべきところに行けるのではないかなと思ってすごく安心しています。
自分はそれでいいな、って思います。ドロシーが教えてくれたことが、自分の口から出て自分の耳に届いたということがなんだかとっても不思議な感じです。

前世の扉を選ぶ時、私には他の扉がモヤモヤして形が見えなくて、あのささくれ立った扉しか選びようがなかったのですが、常世先生の言っていた通りドロシーは今の私に会いたいと思ってくれていたんだと、すごく感じます。
今のこの穏やかな気持ちが、しばらくしたらまたどっかに行っちゃうんじゃないかと怖くなっているところもあるけど、でもそこに気づけました。見えないものや、あるかどうか、起こるかどうか分からないものを恐れるのはやめて、今のこの気持ちを大切に感じようと思います。

そういえば、あの日の帰り道に見た空は、夕焼けですごくきれいなピンク色の雲が広がっていました。催眠中に見た雲の上の景色にそっくりでした! 写真を撮っておけば良かったととても後悔しています…。でも絶対に忘れません^^
時間をかけて、本当に丁寧に優しく催眠の誘導をして下さり本当にありがとうございました。録音を聞けば聞くほど先生への感謝の気持ちが溢れてきます。
しばらくして時がきたらまたぜひ伺わせて下さい。

これからの変化や、知らなかった自分の発見とか、楽しいことの発見を楽しみにしています。
そして何か困ってしまった時には、その時もまたどうぞよろしくお願いします。

(M.H.様 長野県)

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北欧とバルト三国の旅 リトアニア その1

残暑もなく、こちらはもう秋です。セラピーに見えるクライアント様は、どうか長袖をお忘れなく。半袖では風邪をひきます。
さて、旅の続きです。
ヘルシンキからリトアニアのヴィリニュスに飛びました。いよいよバルト三国の旅が始まりました。

到着したヴィリニュス空港は、こんな感じ。こじんまりしていました。

 

空港から近くの駅まで歩いて電車に乗り、ヴィリニュス駅へ着きました。ヴィリニュス駅外観は、こんな感じ。

 

駅から歩いて旧市街へ。徒歩15分くらいだったかな。歩きながら、こんな風景が目に入ってきました。看板のあたりに行ってみたら、面白かったかも。

 

奥に、夜明けの門が見えてきました。通りは殺風景な印象です。外壁などには落書きも見られました。観光客の多い旧市街とはまるで違った雰囲気です。

 

夜明けの門をくぐり、旧市街へ入りました。夜明けの門を振り返ったところです。

 

奥に見えているのがケディミナス城。塔の上まで、ケーブルカーで登りました。が、一台しかないケーブルカーがしばしばオーバーヒートするようで、暑い車内に乗ったまま、4分ほど待たされました。

 

ケディミナス城の中からは街が見下ろせました。レンガ色につらなる屋根が美しいです。

 

お腹がすいたので、ランチを。ライ麦の器の中には、スープが入っています。食べ応えたっぷり。想像以上にパンの量がすごい。酸っぱくてどっしりした黒パンです。

私は器の部分のパンは食べきれず残してしまいましたが、パートナーは完食しました。

サラダとポテトのパンケーキも食べてみたくて注文。

 

おなかがいっぱいになったので、旧市街を歩き回りました。いくつかの教会を回り、ヴィリニュス大学にも行き、塔にも登り・・・・・。教会めぐりと塔めぐりで一日が終わりました。
下の写真は、ゴシック建築の聖アンナ教会。

 

第二次世界大戦のとき、バルト三国は大きすぎる犠牲を払いました。この美しい街並みは、平和になったからこそ、心から「美しい」と思えるのでしよう。

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北欧とバルト三国の旅  ヘルシンキ

久しぶりの投稿です。先月、パートナーとふたりで、2週間ほどフィンランドのヘルシンキ経由でバルト三国(リトアニア・ラトビア・エストニア)へ行ってきました。個人旅行なので毎日25000歩くらい歩き回りましたが、まったく痩せずに帰国しました(苦笑)。
今日はヘルシンキの写真を少しだけシェアしますね。

ヘルシンキヴァンター空港からヘルシンキ中央駅までの移動は、電車にしました。車内では犬もおとなしく乗っていましたよ。思わずほっこり。

ウスペンスキー教会

アアルト書店の中

アアルト書店内の「Cafe Aalto」で、シナモンロールとカフェオレを注文。
シナモンロールの味は、ごくふつうでした・・・。カフェオレは美味。

世界的建築家、アルヴァ・アアルトの自邸を訪れました。英語のガイドさんが邸宅内を案内・説明してくださいます。

アアルト邸内はどこも素敵でした。キッチンはかわいかったです。憧れますね~。

船に乗って、スオメンリンナ島に渡りました。
数々の戦争で、フィンランド南海岸を守ってきた要塞の島です。世界遺産。

巨大な大砲が島全体あちこちに残されています。

セウラサーリ島へ。島全体が野外博物館になっていて、フィンランドの伝統的建物が移築されています。ガイドさんも昔の恰好をしており、古い建物内部や調度品とあわせて、楽しいタイムトリップが味わえました。

島には野草が咲き乱れていました。とてもきれい。

テンペリアウキオ教会。女性歌手の独唱とパイプオルガンの演奏を聴くことができました。

この教会の近くの風景。

夕飯はここで購入。小麦の味がしっかりするフランスパンに具材がたっぷり挟んであります。ヘルシンキはとにかく物価が高いので、食費は切り詰めました。3日間の滞在中の夕食は専らここ(笑)と、スーパーマーケットにお世話になりました。

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