前世療法の世界的権威、ブライアン・ワイス博士の大阪ワークショップに参加してきました。写真は、大阪造幣局の通り抜けの桜です。きれいでしたよ~。
ワイス博士は、想像通りとても穏やかで素敵な方で、全身が慈愛の雰囲気に包まれていました。参加者は、400名くらいだったと思います。大阪は暑くて、全身汗だくになりました。化粧もあっというまに全部はげました。
拙著『前世療法でわかったアトランティスとムーの真実』(たま出版)で書いている通り、私はワイス博士の本がきっかけで人生が変わりました。ヒプノセラピストになるまで、私は精神世界関連の本や話を毛嫌いしていた人間で、そうした世界とは一生関わりたくないと思っていました。それなのに、いきなり自分の頭では理解できないことが次々と起きてきました。
動揺しまくる私を見かねた親友が、ワイス博士の本を送ってくれたのです。この本の中ではじめて、ヒプノセラピーやヒプノセラピストやソウルメイトという言葉を知ったのが、2003年のこと。そこから一直線にヒプノセラピストになるべく全力で走り抜けてきました。人生の大きなターニングポイントでした。
今回、ワイス博士から学んだことがたくさんあります。ひとつは、ゲシュタルト療法を元にした方法で、自分の病気や症状と対話をしていくというもの。なぜその症状を持っているのか等、症状を理解することで変化が起きる可能性があるそうです。病気・症状と催眠状態で対話をしていくための方法です。
ひとつは、物の持つ記憶を感じるというもの。個人的には、これはぜひ取り入れたいです。国内外の遺跡や、古い硬貨や宝石などのそれを感じることができたら楽しいだろうなぁと思います。
ひとつは、アカシックレコードにたどり着くための、催眠誘導のヒントを得ました。そのヒントから、アカシックレコードへの誘導文言を、イメージしやすい言葉を連ねて作り上げてみようと思っています。
ほかにも学んだことはありますが、こうしたことを少人数のワークショップで共有できたら楽しいと思います。需要があるかどうかはわかりませんが(苦笑)、たとえ参加者がおひとりでも、やってみたいなぁ。
ヒプノセラピストになる前の私からしたら、こんな今の私は想定外でしょうね(笑)。人生とは、ほんとに不可思議です。拙著を書いたころ、私はいきなり全部のチャクラが開いたような状態になり、あとから考えると、アカシックレコードなるものにも常時つながっている状態になっていました。もちろん当時は、アカシックレコードという言葉さえ知りません。そんな無知の人間が、突然意識だけはどこにでも行けてなんでもわかる状態になったのです。恐怖しかありませんでした。人間としての自分が破壊されるという、それまで感じたことのない恐怖です。あのままだったら、確実に気が狂っていたことでしょう。そうした異常な能力を強い意志で拒絶した瞬間、つきものがとれたように、ふっと元の自分に戻ったのです。
しかし、今になって思うと、なんとももったいないことをしたものです(爆)。
ワークショップの会場では、セラピストの村井啓一先生となんと14年ぶり(!)に再会しました。村井先生は、このワークショップの主催者です。私は村井先生が催眠のスクールを開講する前にセラピストになっていましたので、先生の生徒ではありません。セラピストになるためのスクールに通っていた時に、クライアントとして前世療法を受けに行ったのです。当時、先生と私には共通の知人がいて、その方に紹介されたのがきっかけでした。拙著は、このセラピーの記録を文字に起こしたものです。後にも先にも、私がクライアントとしてヒプノセラピーを受けたセラピストは、村井先生だけです。
村井先生「元気そうやねぇ」
私「はい、元気ですぅ」
こんなたわいない会話をして写真を撮りました。充実した2日間でした。