北欧とバルト三国の旅 リトアニアその2 カウナス

1939年9月1日、ドイツがポーランドに侵攻します。第二次世界大戦の勃発です。このときのリトアニアの首都はカウナス。
「命のビザ」で知られる外交官の杉原千畝が開設した領事館がここにあります。その領事館は、今は「杉原記念館」として公開されています。ナチスドイツから迫害を受けるユダヤ人に、杉原千畝が独断でビザを発行し続けたおかげで、少なくとも数千人の命が救われたと言われています。

杉原記念館に行きたくて、リトアニア滞在二日目にカウナスを訪れました。
ホテルのあるヴィリニュスからカウナスまでは、バスを利用しました。バスステーションからは徒歩で「杉原記念館」へ。バスステーション近辺は、こんなスカッとした景色です。

けっこうな階段坂を登りきると、閑静な住宅街です。この一角に記念館があります。写真右に「杉原記念館」のプレートがちょこっと写っていますね。

着きました!  杉原記念館です。

建物内部には、杉原千畝が実際に使っていた机と印が。ここでビザを発行していたのですね。

多数の展示パネルのほか、杉原氏の生涯がわかるドキュメンタリービデオも見ることができます。

記念館を見たあと、昼食をとりに入ったピザ屋で、なぜかソースを選んでと言われました。ガーリックソースを選んだのですが、ピザにソースをかけて食べるのははじめての経験でした。このお店独特なのかなぁ。ふしぎでしたが、美味しかったです。

お腹も満たされたので、カウナス旧市街へ。ヴィリニュスとは雰囲気が違いますが、上品で落ち着いた感じの街並みでした。次回リトアニアに来ることがあれば、カウナスに泊まりたいなぁと思いました。

カウナス城です。修復されて新しいので、中には入らず、外観だけ眺めました。

カウナスで一番大きな聖堂。聖ペテロ&パウロ大聖堂です。外観はシンプルですが、中は、やはり圧倒される美しさと荘厳さでした。

第二次世界大戦中のバルト三国では、ドイツによるユダヤ人等の虐殺・迫害のほかにも、スターリン政権下のソビエト連邦による民間人の大虐殺が遂行されました。その数は合わせて2000万人を超えるとされています。1940年~1954年間で、虐殺・迫害によるリトアニア人犠牲者は78万人以上です。

バルト三国の教会に足を踏み入れると、必ずそこで祈っている方々がおられます。バルト三国の苦難の歴史を思う時、過去からつながる祈りの、そのあまりの重さを想像し、胸が押しつぶされそうになります。

この翌日、ヴィリニュスのKGBジェノサイド博物館に行きました。KGBはソ連の秘密警察で、リトアニア人をシベリア追放・拷問・虐殺しました。ソ連占領下時代、約12~30万人のリトアニア人がその犠牲になったそうです。当時収容所として使用されていた建物が、KGBジェノサイド博物館として公開されています。建物内では1000人以上の方が処刑され、その処刑部屋も公開されていました。・・・・次回につづく。

※ジェノサイドとは、(民族大虐殺)の意

※参考文献 U.S. DEPARTMENT OF STATE 

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